ホーム>国内旅行のページ>ぶらり広島>広島ぶらり>広島市内(中心部)
広島ぶらり
八丁堀・紙屋町など

(広島の街並み)
2007年 4月15日更新
| 広島市内(中心部) |
広島市は原爆が投下された都市として国際的に知られており、国内外から数多くの観光客が訪れます。また、中国地方で最大の都市でもあります。
このページでは、広島市内中心部をご紹介していきます。なお、平和記念公園はこちらでご紹介しています。

(広島市内略図)
▼広島駅
広島の玄関口・JR広島駅は山陽新幹線・山陽本線・呉線・芸備線・可部線の列車が発着しています。駅は中心部の紙屋町・八丁堀から離れた場所にあり、そちらの方面へは市電(広電)またはバスで移動することになります。
広島駅は中心部から外れているとはいえ、駅ビルなどの商業施設があり、賑わっています。駅南側の「福屋」内にあるジュンク堂書店は、広々とした書店でゆっくりと本を探すことができ、おすすめです。
![]() |
|
![]() |
![]() |
| (広島駅前) | |
▼八丁堀
広島の中心部の1つ。天満屋・福屋といった百貨店があります。
(八丁堀)
▼本通
広島の中心部のひとつ。広電本線が走る相生通りから南に少し行ったところに本通りというアーケード街があり、多くの人で賑わいます。
▼紙屋町
広島の中心部の1つ。百貨店や地下街が充実しています。また、広島の電器屋街も紙屋町になります(デオデオとSofmap)。広島そごうの中にはバスターミナルもあり、ここから各地への高速バスなどが発着します。
![]() |
![]() |
| (紙屋町) | |
![]() |
![]() |
| (広島バスセンター) | |
▼広島城
広島市内中心部にある城。太田川河口の三角州に毛利輝元が築いた城で、江戸時代は浅野家が城主。明治以降陸軍の施設が城の周りに設けられ、江戸時代の建造物は徐々に減っていきました。特に原爆によって天守閣等すべて壊滅。今の天守閣は1958年に復元されたものです。
![]() (二の丸) |
![]() (内堀) |
![]() |
![]() |
| (広島城天守閣) | |
| ◇「広島城天守閣」 交通:広電路面電車または路線バス紙屋町下車、徒歩15分 営業時間:4月1日〜9月30日:9:00〜17:30 10月1日〜3月31日:9:00〜16:30(12/29〜1/2休館) 観覧料:大人320円、小中高生160円 |
▼比治山
市内東部にある山。標高はそんなに高くはないものの、広島市内中心部や似島方面の展望が可能です。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| (比治山) | |
▼黄金山
広島市南東部にある山。標高221.7m。かつては広島湾に浮かぶ島(仁保島)だったそうですが、今は陸続きになっています。山頂へは車道はあるもののバスやロープウェーはなく、車か歩きで登ることになります。山頂には展望台があるほか、中国放送(TBS系)と広島テレビ(日テレ系)のテレビ塔があります。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| (黄金山) | |
▼江波
広島市南部にある地区。本川の河口にも近いです。江波は広島湾に近いところですが小高い山がいくつかあり、眺望できるようになっています。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| (江波) | |
▼西広島
広島の西の玄関口。広島市内中心部(八丁堀・紙屋町)から大竹・岩国・柳井方面へは、ここで路面電車からJRに乗り換えするからでしょう。原爆投下時は、広島から西へ避難する人が多くやってきたそうです。
西広島は、己斐ともいいます。地名としては己斐ですが、JRの駅名が西広島だからか、西広島という言い方もよくされるようです。広電の電車の駅名も、元々市内電車のほうは己斐、宮島線は西広島だったのが、今は「西広島(己斐)」になっています。
駅前は、商業施設が立ち並んでいます。また、太田川放水路も流れています。

(西広島)
▼草津
広島市西区の1地区。西国街道のルートで、街道沿い(広電草津駅付近)に古い街並みが残ります。そんな草津地区は地区内の各所にまちなみ探訪マップが設置されています。

(草津)
草津は、昭和40年代からの埋め立てによって陸地となったところもあります。かつての海岸や漁港だった名残が残っているところは少ないですが、旧草津漁港跡の西部埋立第8公園のグラウンドには、漁港の雁木(石を積み重ねた岸壁)が残されています。

(雁木)
▼井口(いのくち)
井口のJR新井口駅南側一帯は昭和50年代に埋め立てられた地区。JR・広電の線路あたりが海岸線だったのが、1km以上も離れてしまいました。
広電井口駅南東に、小己斐島という島があります。この島は尾根の一部が海食で切り離されて生じたと考えられる花崗岩の岩峰で、かつては海に囲まれていて、船だまりの防波堤の一部にもなっていました。周囲が埋め立てられた現在も、この島とその周りのごく一部の水域が保存されています。

(小己斐島)
ぶらり広島トップへ戻る