ホーム京阪間をめぐる淀川 上流から下流まで>淀川(淀川大積下流〜淀川河口上流)

淀川 上流から下流まで

淀川(淀川大堰下流〜淀川河口上流)

十三・塚本付近など

3複線
(阪急の鉄橋)

2007年 9月30日更新

▲淀川大堰


淀川 淀川大堰下流〜淀川河口上流

 この区間は元々の淀川ではなく、明治18年の洪水により開削された区間です(元々の淀川は大川などです)。そのためこの区間の淀川のことを「新淀川」と呼ばれることもあります。それまでこの区間では中津川という川(そんなに大きくはない)が流れていたのですが、新淀川の開削によりなくなりました。
 なお淀川のこの区間、汽水域と呼ばれていて海水と淡水が混ざり合っています。、
 余談ですが、私は1986年春までの淀川区在住時代、十三付近の淀川のほとりにすんでいましたので、そのあたりの淀川は幼かった私にもはっきり記憶しております。

流域略図
(流域略図)

川沿い散歩
▼長柄橋付近 (大阪市東淀川区・北区)

 淀川大堰で大川とわかれた淀川は引き続き右岸では柴島浄水場の横を通ります。なお、柴島浄水場内には水道記念館があります。 

 阪急千里線の鉄橋をくぐり、引き続き長柄橋をくぐります。長柄橋の北詰にある空地には、昔の長柄橋の入口に立っていたと思われる石柱がぽつんと立っています。その石柱には「明治42年5月竣工」と書いてあるので、淀川の流路変更の時に架けかえられた時のものではないかと思われます。現在かかっている橋は、とても明治末期のものではないのですが、いつ架けられたかを示すプレートを見ようにも見にくい位置に貼り付けられているため、確認できません。

千里線柴島〜天六間
(阪急千里線鉄橋)
長柄橋 北詰の古い石柱
(長柄橋)
▼JR東海道線鉄橋付近 (大阪市東淀川区・淀川区・北区)

 淀川大堰から0.8kmと、線路脇に看板が立っています。JRの線路で右岸では東淀川区・淀川区の区境になっています。

大阪〜新大阪間
(JR鉄橋)

▼国道423号新淀川大橋付近 (大阪市淀川区・北区)

 JR線のすぐ下流にかかっている橋で、国道423号(新御堂筋)と地下鉄御堂筋線(国道の上下線の中央)が通っています。歩道もあるのですが、橋の付け根が階段になっているため自転車は通りにくいです。
 右岸の堤防外では阪神水道企業団の淀川ポンプ場があります。ここからポンプ圧送で尼崎浄水場(尼崎市)、甲山浄水場(西宮市)へ水が送られて、尼崎市・西宮市・芦屋市・神戸市で水道水として利用されています。なお、水利使用標識が堤防内にあります。

新淀川大橋
(国道423号新淀川大橋)
水利使用標識
(阪神水道企業団の水利使用標識)
▼阪急線鉄橋・国道176号十三大橋付近 (大阪市淀川区・北区)

 十三では阪急京都・宝塚・神戸線と国道176号線が川を渡っています。個人的には「京阪間」は淀川流域では阪急京都線より東のことを思っているのですが、淀川紹介はこんな中途半端なところで終わっても仕方ないので(笑)河口までやろうと思っています。

 十三という大きな街があるせいか、阪急線の東では若い人が遊んでいる光景が阪急京都線の車内からも見られます。北予備校もあるせいか、勉強に疲れたカップル(?)も見かけます。十三付近の河川敷も公園になっており、野球などスポーツを楽しむ人の姿も見られます。
 阪急は3線別々の鉄橋を並んで走り、神戸方面行き・宝塚方面行き・京都方面行きの電車が一緒に並んで走ることもしばしばです。なお、京都線は宝塚線・神戸線より水面からの高さが高いです。

南方方面(上流方向)を望む 阪急線の鉄橋と梅田のビル群
(十三東)

 十三大橋は梅田方面行き車線が3車線あるのに、福知山行き車線は下流に新十三大橋(福知山方面行きのみの十三バイパス)があって1車線しかありません。
 この橋、北詰の案内板によれば歴史が古いようです。1605年の絵図には中津川を渡る橋として描かれているそうです。1878(明治11)年に成小路村村民によって有料の十三橋(木橋、長さ155m)が架けられましたが、1885(明治18)年の淀川洪水を機に1910(明治43)年に現在の淀川が開削され、それに先立って1909(明治42)年5月に十三大橋(鉄橋、長さ683.2m)が架けられました。同時に中津運河(淀川左岸の運河、現在は水が流れていない)にも十三小橋が架けられました。
 1942(昭和7)年1月に現在の十三大橋・小橋)が架けられました。長さは大橋が681.24m、小橋が34.23m、幅20mで中央には市電が走れるようにアーチ橋になったということです(実際には市電は走らず)。
 なお、橋が架かるまでは船による渡しがありました。北詰に記念の石柱が設けられています。

 十三大橋と阪急の鉄橋(神戸・宝塚線)は、国道のアーチ部分と阪急のトラス部分がちょうど同じようなところに取り付けられています(間隔がどちらも同じ)。国道でアーチがないところでは、阪急もトラスがないのです。

阪急の鉄橋と国道の鉄橋 十三大橋の構造物
(十三大橋)

 なお、このあたりでは毎年8月上旬に「なにわ淀川花火大会」が行われます。全て市民からの協賛金のみで運営されているのですが、それでも日本でも有数の規模を誇る花火大会になりました。
 私がまだ十三の淀川ほとりの家に住んでいたら家のベランダから見れたのに・・・。

十三大橋
(十三大橋:北詰から)

▼新十三大橋 (大阪市淀川区・北区)

 国道176号線の「十三バイパス」の一部分にあたる橋。すぐ上流に架けられている十三大橋は南行き車線が北行き車線より車線数が多いのですが、こちらでは北行き車線4車線のみです。
 歩道は上流側・下流側どちらにも設置されていますが、上流側は北詰・南詰とも階段になっているため、自転車は坂で登れる下流側の歩道を使うようになっています。

 この橋より下流では、普通に人や車が渡れる橋が2kmほど下流の淀川大橋までありません。JRや阪神高速の橋ならあるのですが・・・。

▼JR東海道線・阪神高速池田線の鉄橋付近 (大阪市淀川区・西淀川区・北区)

 大阪を出た西明石・姫路方面、宝塚・福知山方面行きJR東海道線の鉄橋と、大阪市内から伊丹空港・池田方面へ抜けることができる阪神高速の鉄橋が塚本付近で並んで渡ります。

 右岸はこの先下流で堤防は自動車も多く通る道路となります。ただ、河川敷はまだ歩行者・自転車が通れる状態になっていますので、歩行者・自転車は河川敷を通った方がいいかもしれません。

新北野の淀川
(新北野の淀川:向こうにはJRの鉄橋が)

(鉄橋下の川岸)
▼淀川大橋 (大阪市西淀川区・福島区)

 国道2号線の橋。この真下にはJR東西線もトンネルで通っています。なお、淀川をトンネルで抜けるのはJR東西線だけです。この先、左岸も河川敷は公園でなくなり、堤防上の道も歩行者・自転車専用道でなく自動車も通行可能な道となります。

 淀川大橋は明治41年に前身の西成大橋が架設され、そのあと大正15年に西成大橋の上流に現在の淀川大橋が架設されたそうです。阪神の路面電車もこの橋を渡っていたようですが、その名残は左岸(南詰)にある社章入り電柱ぐらいか?
 なお、台風などで高潮となったときは、淀川大橋は高潮対策で閉鎖できるようになっています。

淀川大橋(北詰) 高さが低いことに注目
(淀川大橋)

▼阪神本線・阪神高速神戸線の鉄橋付近 (大阪市西淀川区・福島区・此花区)

 阪神本線と阪神高速神戸線が並んで淀川を渡ります。阪神電車のほうが川上にあります。 

 なお、このあたりは新淀川開削以前の中津川との交差地点に当たるところらしい。左岸の水資源開発公団の事業所名に「中津川」という名前がついていたり、右岸の住宅の建ち方が堤防と垂直ではなく斜め(北東から南西方向)になっているのは、その名残ではないかと勝手に想像しています。

淀川大橋付近 
(淀川大橋付近)

▼高見 (大阪市此花区)

 左岸の流域。2000年11月24日に訪れたとき、堤防は耐震工事などが行われていました。

▼姫島 (大阪市西淀川区)

 高見の対岸にある地域。明治の地図では「稗島」になっていて、イメージのよさそうな「姫」に改名したのかな、と思う。

▼阪神西大阪線・国道43号伝法大橋 (大阪市西淀川区・此花区)

 阪神西大阪線が川上側。伝法大橋は2つの橋があって、バイパスと側道で水面からの高さが違います。阪神線・伝法大橋(側道)どちらの橋も水面からの高さ・堤防からの高さが低いからか、防潮扉がついています。台風や高潮などの時、実際に閉鎖されます。
 右岸で43号を横切るときは、側道を横断歩道で渡ったあとバイパスの高架をくぐるのですが、通常の背丈の人でもしゃがまないとくぐれないくらい、バイパスの高架と堤防の高さが変わらないのです。

 右岸の堤防と阪神西大阪線との踏切より少し上流のところに、「大塚切れ洪水碑」が建っています。案内板などがないのでよくわからないのですが、高槻の大塚地区に建っている「洪水記念碑」と同じ趣旨?(→淀川(三川合流下流〜一津屋上流)

 なお、伝法大橋を持って淀川の橋は終わりです。ここから河口までの約3kmは橋がありません。

伝法大橋付近 阪神西大阪線
(伝法大橋付近:左は国道43号、右は阪神西大阪線)

▼酉島 (大阪市此花区)

 海に近いからか、漁港があります。いちおう水産加工所らしき施設もあります。船だまりと川の間には樋門があり、洪水等による逆流に対応しています。

漁協への入口
(漁協への入口)
堤防道路も兼ねている
(樋門)

 このあたりは1995年の阪神大震災のときに堤防が損傷して、堤防が新しくなっています。またマンションが堤防と一体になって建っています。普通なら堤防とマンションはあいだをあけるのですが、ここはマンションの1階から堤防へ水平で移動できます。

酉島付近
(酉島付近:右のマンションは堤防と一体)
▼百島 (大阪市西淀川区)

 酉島の対岸に位置する、右岸の地域。かつて存在した大野川との合流地点でもあります。大野川の跡地は緑道となっているので、どこを通っていたかよくわかります。
 その合流地点付近では、ちょっとした港になっています。「警戒船」と書かれた船が係留されていて、府警か海上保安庁の港かな?と思う。このほか、船を陸上から海岸へ進水させるレールもあったりと、海が近いことを思わせるような場所となっています。

警戒船など
(警戒船など)

参考資料

 「淀川環境マップ」建設省近畿地方建設局淀川工事事務所 1998年1月作成
 「阪神水道企業団」公式ホームページ http://www.hansui.or.jp/
 十三大橋北詰ほか、流域各地のの案内板


▼淀川河口

淀川 上流から下流までトップへ戻る 京阪間をめぐるトップへ戻る